カズオ・イシグロ わたしを離さないで  韓国語版

商品名 : カズオ・イシグロ わたしを離さないで  韓国語版

価格 : 2,160円(税抜き2,000円)

ポイント : 108

数量 :

 8000円(税込)以上は配送料無料

【商品説明】

■著 者:カズオ・イシグロ
■翻 訳:김남주
■出版社:민음사
■構 成:399ページ A5 
■出版日:2009-11-20 
 
2017年ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの代表作の一つの韓国語翻訳版です。

 



※本商品はゆうパケット(ポスト投函 180円)による発送が可能ですが、複数冊のご注文で重さが1kgを超える場合には複数口にするか、ゆうパック(手渡し 480円)に変更して発送します。

 


2017年ノーベル文学賞の受賞者が、カズオ・イシグロとむ決まった時、不明にも私はカズオ・イシグロを知らなかった(*_*; 
相当恥ずかしい…
それでさっそく色々調べてみたら、記憶をテーマにした作家とある。俄然読みたくなって本屋に行っても売り切れ…ネットの本屋さんでいつも利用しているhonto.jpでも売り切れ…
で、ついでに韓国のネットの本屋さんを探してみたら、マントトップページでカズオ・イシグロが大きく紹介されている…

それで、代表作といわれる二冊「わたしを離さないで」「日の名残り」を仕入れました(*^。^*)

北海道新聞に載った森川慎也さんの記事がとても参考になりましたので掲載しておきますね。
・・・・・・・・・・・・・・
カズオ・イシグロの文体と記憶 普遍的なテーマ、作品ごとに深化 
         森川慎也 10/16 13:39

日系英国人作家カズオ・イシグロが今年のノーベル文学賞を受賞することに決まった。

 イシグロは、長編第1作『遠い山なみの光』で1982年に職業作家として文壇デビューを果たした。多文化主義が進んだ80年代初頭の英国文壇にインド系作家サルマン・ラシュディが華麗に登場し、移民作家が注目され始めていた。
89年に出版されたイシグロの『日の名残(なご)り』は、大戦間と大戦後のイギリスを舞台に、英国貴族の屋敷に仕えながら時代の波に翻弄(ほんろう)される老執事を描いた作品で、英国の文学賞の中でも最も名誉あるブッカー賞を受賞し、イシグロの知名度を飛躍的に高めた。

 2005年には、人間に臓器を提供するためだけに生まれたクローンが不条理な運命を受け入れる『わたしを離さないで』が出版される。
同作は10年に英国で映画化され、日本でも14年に故・蜷川幸雄の演出によって舞台化され、16年にはTBS系(道内はHBC)で同作のドラマ(綾瀬はるか主演)が放映された。イシグロの国際的作家としての地位は不動のものとなった。
そして今回のノーベル文学賞受賞である。機は熟していた。

 イシグロの文学はその簡潔流麗な文体と普遍的なテーマを作品ごとに深化させる手法で知られている。
イシグロ本人がインタビューで述べているように、英語独特の言い回しを極力避け、「映画字幕」のような文体を採用することで他言語に翻訳しやすい英語で書いてきたのも、グローバルな読者を意識してのことである。しかし、イシグロの読者なら気づくように、彼の文体は作品ごとにその様相を変えている。
『日の名残り』の語り手スティーブンズの語りはいかにも執事らしい格式ばった息の長い複雑な構文で書かれているし、『わたしを離さないで』のキャシー・Hの語りは31歳のイギリス人女性らしい平易な口語体で書かれている。語り手に相応(ふさわ)しい文体で書くのは、読者をその固有の世界に誘(いざな)うためのイシグロの配慮である。

 イシグロ文学に通底するテーマは記憶、理想、運命など人間全般に関わる普遍的なものである。
ここではイシグロが記憶というテーマを深めてきた過程を紹介したい。

 54年に長崎で生まれたイシグロは60年に父鎮雄(しずお)の仕事の都合で家族で英国に渡る。
期限付きの滞在予定のはずが、海洋学者だった鎮雄の仕事が評価され、渡英から10年後に石黒家は英国での永住を決める。英ガーディアン紙によると、83年に英国国籍を取得した。

 『遠い山なみの光』は戦後の長崎での暮らしを英国で回想する日本人女性の話である。本作についてイシグロは自身の脳裏に染みついている長崎の記憶を「保存」するために「記憶と想像と推測」を頼りに書いたと証言している。本作の語り手が回想する過去は語り手自身の過去における選択を正当化するために歪曲(わいきょく)される。

 記憶の歪曲を伴う自己正当化は、同じく戦後の日本を舞台にした『浮世の画家』(86年)、さらに『日の名残り』にも見られる。「信頼できない語り手」の典型とされるスティーブンズは執事としての職業倫理を正当化しつつ、取り返せない愛の物語を記憶を頼りに再構成する。

 初期3作品は老齢の語り手が成人期を回想したのに対し、『充(み)たされざる者』(95年)『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)『わたしを離さないで』の3作品では、青年の語り手が幼少期の記憶を語る。彼らは語ることで過去(両親や友人との関係)を修復しようとする。幼少期への郷愁(ノスタルジー)は長崎で幼少期を送ったイシグロ個人の記憶への執着と連動していると考えられる。

 これまで個人の記憶を中心に扱ってきたイシグロは、最新作『忘れられた巨人』(15年)において、個人の記憶と共同体の記憶とを並置させ、個人と共同体から一時的に奪われた過去の記憶を甦(よみがえ)らせることで真実の愛と赦(ゆる)しの可能性、記憶と忘却の均衡をテーマにしている。

 このようにイシグロは語り手に相応しい文体を採用しつつ、普遍的なテーマを作品ごとに深化させる特徴をもつ作家である。今後イシグロはいかなる文体を新たに構築し、記憶というテーマをどのように深めていくのだろうか。現在次作を執筆中という。一読者として待ち遠しい。


ページトップへ